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日比谷公園の歴史と文化をこよなく愛する会

 明治36年開園の日比谷公園は、日本最初の近代洋風都市公園です。向かい側には、鹿鳴館や帝国ホテルが建設され、都市化・西洋化がすすむ時代の要請で計画されました。 

 当時、海外留学帰りの林学博士、本多静六を含む、国家を代表する専門家が結集して作り上げた、近代日本建設における特筆すべき存在です。

 

 当初は植栽した苗木がまだ成長しておらず、「カクラン公園」と揶揄されましたが、本多博士らの植栽計画が実を結び、公園内、外周とも樹木が立派に育ち、都心のオアシスとなり、多くの人に愛されています。

 公園内の小音楽堂は、明治38年以来、洋楽普及のシンボルとして親しまれ、また大噴水は戦後復興のシンボルとして、今では日比谷公園に欠かせないものであり、人々の憩いの場の中心となっています。

 

 ところが、日比谷地区の大規模再開発とともに、東京都は日比谷地区と日比谷公園を一体化して大規模再開発をしようとしています。

 計画によると、日比谷通りをまたぐ巨大な2本の連絡橋が建設され、今ある小音楽堂や大噴水が壊され、日比谷通りの街路樹ともども400~500本近い樹木が伐採の恐れがあり、巨大なイベント広場ができる予定です。他の部分も大幅に改造されます。

 

 公園の樹木は、日比谷通りの街路樹と共に自動車の排気ガスから園内の環境を守ってきました。地区唯一の貴重な緑空間でもあります。言うまでもなく、大量の樹木伐採は時代に逆行するものです。近くにある皇居外苑も緑豊かですが、お濠で囲まれており、渡れる場所は限られています。

 

  最近、神宮外苑の開発計画への反対の声が高まっていますが、外苑は私有地です。日比谷公園は東京都が管理する場所なのに、東京都自らの手で「緑」が破壊されようとしています。

 いまだ開発の全貌は明らかにされず、しかし着々と開発計画が進み、今秋にも工事が着工されるという危機にあります。

 

 日比谷公園の歴史と文化、都心の貴重な緑の空間が、多くの方の意に反して壊されることがないよう、声を上げることにしました。まずは多くの方に状況をお伝えしたいと思います。日比谷公園の文化と歴史と樹々が破壊される前に。 

​呼びかけ人

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高橋康夫

NPOエコシビルエンジニアリング

研究会 代表

高橋裕一

元日比谷公園管理所長

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